我々の人生の道

地上生活と霊界(第一章 有形、無形世界での人間の存在)
第一節 人生路程

六 我々の人生の道

 我々が暮らしている社会、国家、世界は、自分の意志に符合する環境になっていないので、すべての苦衷が生じており、善悪の分岐点が重なり合っています。百人なら百人、各々自分なりの一日の生活を営むために環境と闘争しており、その環境を押して進んでいます。それゆえ、朝に計画した一日の仕事に対して誰も自信をもつことができないということを、我々は一日の生活の中でよく体験します。その上に、その環境の範囲が大きければ大きいほど、自身の一日の生活を勝利として結果づけるためには、それに比例した決意と推進力をもたなければなりません。そうでなくては、その日が勝利の日になり得ないのです。そのような一日一日が加わってひと月になり、ひと月ひと月が加わって一年になります。
 そのひと月も、我々が計画したとおりに暮らせる環境になっていません。我々がひと月の勝利をもたらすためには、そのひと月の環境に備わった複雑なすべての事情、すべての与件を打破することができる推進力と決意がなければなりません。それがなくては、ひと月の計画を勝利したものとして終えることができないのです。
 一年を押し進めるためには、三百六十日を克服することができる闘志力、あるいは推進力を備えなければなりません。そうでなくては、一年を勝利で飾ることはできません。このような一年に十年が加わって、二十年、あるいは三十年が加わった日々を過ごしているのが、我々の人生の道です。(三一―三〇)

 今日、この地に暮らしている人間たちは、時間性を外れることができません。人類歴史について見ても同様です。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界もそのような時間圏内で動いていっています。
 人が生きていく所には、必ず達成すべき目的があります。その目的を中心として、十年、二十年、三十年、七十年、一生の間行くべきなのです。目的が大きければ大きいほど、内的にもっと強く誓わなければなりません。そうでなくては、その目的に到達することはできません。時間という過程を通じて、その目的を凌駕し得る内的な決意を続けない限り、その目的を達成することはできないのです。(三一―一四九)

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ご無沙汰しておりました。
外的に忙しく、内的に薄い生活を送ってしまいました。
上記み言葉の天聖経を読んで、目標を明確に、一日一日の生活の重要さを改めて感じています。

この間もさまざまな情報が耳に入り、心の痛みを感じています。
韓国では、臨時総会を開いて元老牧会者たちに200万ウォン配ったとの事。(参照:http://ameblo.jp/dlrkdnjs0510/entry-12102366529.html)
今やお金で懐柔しようとされるのですか? ・・・との内容です。

また米国のピースパレスは、今やレンタルハウスとしてビジネスの館に・・・と。
(参照:スクープ! ピースパレスがレンタルビジネスの館に。http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-658.html)

もうウソは隠しきれません。
正しいことを知って、一日を価値ある目的に生きること。
今日一日を無駄にしないよう励みたいと思います。

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