「烏合の集」?「神様の民」です。とエルダーさんが

食口の皆様おはようございます。お元気でいらっしゃいますか?
日本は今日、「天皇誕生日」の祝日です。

今日の朝は 「み旨と世界」のみ言葉、「生涯において何をなすべきか」を読んでいました。その中に、

生涯を通して何を残すか
 一方、我々としては、個人として成功するということよりも、世界的な、歴史的な、天宙的な、広大なる目的に対して貢献することがどれだけ重要であるかということを、はっきり知っていなくてはなりません。
 ただ、食べながら生活していくことは誰もがみな同じです。しかし、問題となるのは、我々がいかなる生涯を送っているかということにあります。生涯を通して何を残すかということが重要なことです。また、何かを残すという点においても、これがただ一つの国のためであってはいけません。統一教会的な、統一教会式の何ものかを残さなくてはならないのです。統一教会的なものであっても、これは世界的なものでなければなりません。三十数億の全人類が両手を挙げて歓迎する、そのような世界的なものでなくてはならないのです。

とありました。最近よく考えることは、
これからの人生・・・「どのように生きるか」ということであり、「自分にしか出来ない使命とはなんだろう」ということです。30年をこえる信仰生活で、個人においても、組織においても紆余曲折ありましたが、サンクチュアリ人となった「今」、これからが本当の意味での「人生の出発」だと感じさせられています。

で、今日のBlogのタイトルにしました どなたかの質問にお答えになった、
「烏合の集」?「神様の民」です。とエルダーさんが言われていることが心に響きます。
http://worldmissionhq.muragon.com/entry/17.html

私たちは、長い教会生活の中で 「自虐的」に物事を考えるようになってしまっているのだと感じます。それは個人においても歴史の捉え方においてもです。
傲慢な堕落性を脱ぐためにも、「自分は足らない」と・・・

しかしエルダーさん曰く、
私達こそがこの世を救うために選ばれた「神様の民」であることを自覚して、悔い改めの祈りを捧げましょう。
と・・・なんとありがたく、示唆に富んだ内容です。
(エルダーさん、本当に日本のメンバーのために、貴重な情報と思いを伝えてくださってありがとうございます!!)

食口のみなさん!これからが私達の価値が世に問われる時代です。
お父様ご存命中には果たせなかった責任を「今こそ!」はたす時がきました。
私も「足らない・・・」と考えるのではなく、「神様の民」である自覚をもって努力前進していきたいと思います。アージュ。

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「烏合の集」?「神様の民」です。とエルダーさんが」への2件のフィードバック

    • エルダーさん
      ご訪問ありがとうございます。
      お父様が何度も語られていましたが・・・
      語学の問題です。
      英語と韓国語。今度こそしっかりと準備しなくっちゃ・・・と、自分に言い聞かせています。

      いいね

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